じぇねりっく忍者

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【歌詞を読み解く】流動体について/小沢健二 が好きです

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  • 僕は、小沢健二さんの熱心なファンというわけではありません。

 

一昔、小沢さんが活躍されていた頃、僕は小学生。

紅白歌合戦で見た「ラブリー」や、CMで聞いた「カローラⅡにのって」がなんとなく好きだなあと感じていた程度でした。

 

しかし、19年ぶりにリリースされたシングル「流動体について」を聴いて、その魅力に引き込まれました。

どこか懐かしく軽妙なサウンド。曲の展開や心地よいストリングスにも心奪われます。

 

そして、何よりも取り憑かれたのが、歌詞。

小説のような、映画のような。

多くの情報が詰め込まれているのだけれど、どの言葉選びも美しく知的で、久しぶりに心躍る感じがしました。

 

非常に読み解くのが難解な歌詞でしたが、自分なりに解釈してみたので、載せてみようかと思います。

 

流動体について 解釈

流動体について

 

羽田沖 街の灯がゆれる

東京に着くことが告げられると

甘美な曲が流れ

僕たちは しばし窓の外を見る

 

小沢さんがNYから、日本(羽田)へ帰国した際の光景を視覚的、聴覚的に表現しています。

 

「街の灯」から、夕暮れ~夜のことであると判断できます。

「僕たち」は、小沢さんと奥さん、そして2人の子どもたちを含めた家族のことかと。

 

それぞれどんな気持ちで、窓からの光景を見ていたのか、想像を掻き立てられます。

 

 

もしも 間違いに気がつくことがなかったのなら?

並行する世界の僕は

どこらへんで暮らしてるのかな

広げた地下鉄の地図を隅まで見てみるけど

 

この曲を聴いていて最初にわからなかったのが「間違い」というワード。

 

このブロックに限った意味で捉えると、おそらく「渡米せず、日本での活動を続けること」なのかなと思います。

が、「間違い」のみにスポットをあてて考えてみた場合…何のことを「間違い」と呼び、何をもって「間違い」としているのか。

 

あの時、違う選択肢を選んでいたら、今自分はこうなっていたかもしれない。

小沢さんも歌っているように、誰もがこういう妄想ってすると思います。

 

その妄想(=並行世界)につながるための選択肢、つまり、この世界で生きる自分が選んでこなかったものを、「間違い」と言っているのかなと思いました。

 

それは何故か。

 

今生きている世界や選んできたものこそ、小沢さん自身が「正しい」と確信しているからではないでしょうか。

何をもって「正しい」としているのかは、小沢さんでなければわかりませんが。

 

そこには、家族や小沢さんの実感している幸せなどが絡んでいるのかな、なんて考えてしまいます。

 

「地下鉄の地図」というフレーズは、小沢さんの生活観が伺えていいですよね。

 

 

神の手の中にあるのなら

その時々にできることは

宇宙の中で良いことを決意するくらい

 

「神の手の中にあるのなら」

 

これは「神(自然など?)の意思によって世界が進むのなら」というような意味かと。

 

僕たちが生きている世界は、自分の意思だけですべてを動かすことはできません。

そこには、他人であったり自然であったり、様々な要素が絡んできます。

結局、神の手の中で、この世界は動かされているわけです。

 

でも、自分の意思は変えられる。

ならばせめて、宇宙の中で良いことを決意するくらいはしようじゃないかと。

 

そして、それが「間違い」に気づくこと、「正しい」ものを選んでいくことに繋がっていくのでしょう。

 

 

雨上がり 高速を降りる

港区の日曜の夜は静か

君の部屋の下通る

映画的 詩的に 感情が振り子を振る

 

空港からタクシーに乗り…という感じでしょうか。

 

「君」とは、過去に付き合っていた彼女で間違いないと思います。

もし小沢さんが日本を離れなければ、結婚していたかもしれない人物ですね。

 

「映画的」「詩的」という、韻を踏むフレーズが聴いていて非常に心地がいい。

この曲で一番最初に惹かれたのは、この部分でした。

ここでの意味は、ドラマティックとかロマンティックとか、そんな感じでしょうか。

 

そして「感情が振り子を振る」という表現がすごく素敵。

感情が行ったり来たりするのとともに、鼓動も高まる感じが伝わってきます。

 

 

もしも 間違いに気がつくことがなかったのなら?

並行する世界の毎日

子供たちも違う子たちか

ほの甘いカルピスの味が不思議を問いかける

 

ここでの「間違い」は、日本に留まって「君」と結ばれるという選択肢のことになると思います。


気をつけたいのは、決して「間違い」は悪い意味を含んでいるわけではないといういうことです。

「君」と生きている並行世界もあって、そのことを考えたら感情が揺さぶられたけれど、やっぱり今が「正しい(=幸せ)」であると確信しているので、単に「間違い」と呼んでいるだけかなと。

 

そして新たに出現する謎ワード「カルピス」。

 

これは、小沢さん自身の子供たちのことを表現していると思われます。

もしも「君」との世界で生きていたら…と子供たちの顔を見て、不思議なものだなあとしみじみしているシーンが浮かびます。

 

 

だけど意思は言葉を変え

言葉は都市を変えてゆく

躍動する流動体 数学的 美的に炸裂する蜃気楼

彗星のように昇り 起きている君の部屋までも届く

 

このブロックは難解ですね。

 

「だけど意思は言葉を変え 言葉は都市を変えてゆく」

 

パッと聴いただけでは意味が解りそうで解らない、でもすごく魅力的な詞だと思います。

内側からだんだんと外側へ、そして規模や視野も大きくなっています。

 

先の歌詞に「神の手の中にあるのなら~」とありましたが、そのブロックと反対のことを言っていますよね。

意思(=その時々にする決意)が、普段から使っている言葉を変え、やがて都市という大規模なものにまで影響を及ぼす。

少し漠然としていますが、人や人が生きる社会というのはそういうものなのかもしれません。

決意がとても重要なんだというメッセージがとても伝わってくる詞ですね。

 

「流動体」は、小沢さん自身のことを指していると思われます。

並行世界を想像し、現実との違いに右往左往する様は、「流動体」という感じがしますよね。

捉え方によっては、小沢さん自身だけでなく、この曲を聴いている僕たちもまた「流動体」であるといえると思います。

 

「蜃気楼」は、並行世界(=妄想)ということですね。

「蜃気楼」という言葉から、想像の中でハッキリとした映像を描いているのかなという印象をうけます。単純に幻想的なニュアンスを入れたかったのかもしれませんが。 

 

 

それが夜の芝生の上に舞い降りる時に

誓いは消えかけてはないか?

深い愛を抱けているか?

ほの甘いカルピスの味が 現状を問いかける

 

「夜の芝生」が何を指しているのか。正直具体的な想像がつかないままでいます。

 

ここでは子供たちの顔を見て、家族への誓い・深い愛が本物であるか、改めて自問自答しています。

こうやって考え直すことができるのって、それだけ家族に対して深い愛を抱けているんじゃないかなって思わせてくれますね。

 

 

そして意思は言葉を変え

言葉は都市を変えてゆく

躍動する流動体 文学的 素敵に炸裂する蜃気楼

 

そして、再び炸裂する蜃気楼。

歌詞と関係ないですが、この後の小沢さんによるギターソロがとっても素敵です。

 

 

それが夜の芝生の上に舞い降りる時に

無限の海は広く深く でもそれほどの怖さはない

人気のない路地に確かな約束が見えるよ

 

「無限の海」は無数にある並行世界のこと。それはとてつもなく広く深い。

でも、その時々に決意をしていけば、迷わず良い世界へと進んでいける。

だから、あまり怖さはない。

「無限の海」の中から、「確かな約束」も見つけ出すことだってできる。

 

とっても素晴らしい歌詞だなって思います。

 

 

神の手の中にあるのなら

その時々にできることは

宇宙の中で良いことを決意するくらいだろう

 

曲中では、「だろう」の部分が力強く歌われていて、「決意」の重要性を再び印象づけられます。

また個人的には、メロディーの影響か、「だろう?」という疑問形にも聴こえました。

自身や聴いている人に問いかけることで、より強い確信を得ようとしているようにも感じます。

 

 

無限の海は広く深く

でもそれほどの怖さはない

宇宙の中で良いことを決意する時に

 

相変わらず無限の海は広く深いけれども、宇宙の中で良いことを決意する時には、やはり怖さはない。

この後に流れるアウトロも、ずっと聴いていたいような余韻と心地さがあります。

そして、カップリング曲「神秘的」も、非常に素晴らしい。

 

さいごに

いかがでしたでしょうか。

そこ違うとか、ここはもっとこうじゃないかとか、あるかとは思いますが、とりあえず自分の思うように書いてみました。

みなさんの解釈も教えて頂ければ嬉しいです。

 

拙い文章ではありますが、また他の曲でも、このような記事を書いてみたいなと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!